普段私たちが何気なく使っている言葉の中には、よく考えると不思議な言い換えが数多く存在します。例えば、スルメを「あたりめ」、すり鉢を「当たり鉢」、髭を剃ることを「髭を当たる」と言うことがあります。他にも、植物の葦を「ヨシ」、刺身を「お造り」と呼ぶのも同様です。なぜこれほど手間をかけて言い換えるのでしょう。
その背景にあるのが、昔ながらの「験担ぎ」の文化でしょうか。人々は古来より、損失や別れ、不幸を連想させる言葉を「忌み言葉」として避け、あえて正反対の縁起の良い言葉に言い換えてきました。
スルメが「あたりめ」になったのは、「金を『する(失う)』」という言葉を嫌い、縁起の良い「当たる」に置き換えたためです。同様に、葦は「悪し」に通じるため「ヨシ(良し)」に、刺身は「刺す」という刃物を連想させる言葉を避けて「お造り」と呼ばれるようになりました。昔の人の験担ぎは実に徹底しています。
高田郁さんの時代小説『銀二貫』には、「商売は、始末才覚神信心」という言葉がでてきます。経営における努力や工夫はもちろん不可欠ですが、それと同等に神仏や験担ぎが重んじられている言葉です。縁起(験)という存在が当時の人々にとってどれほど心の支えになっていたかが窺えます。
現代の日常会話では、そこまでする必要はありませんが、お祝いの席などでは現在も「忌み言葉」への配慮が求められます。「別れる」「離れる」といった終わりを告げる言葉や、「たびたび」「再三」といった繰り返しの重ね言葉など、気を配るべき表現は多岐にわたり、混乱してしまいます。これらは、言葉を通して調和と配慮を重んじる、日本らしい奥ゆかしさとも言えるでしょう。 ところで、「スリッパ」という言葉にも「スル」が含まれています。
縁起を担いで「アタリッパ」と呼び直すべきか…などと一瞬考えてしまいますが、さすがにそれは「スリッパ」のままで良さそうです。













