2022年9月1日木曜日

あなた、何世代?

 この夏もガリガリ君ばかり食べていたのに、けしてガリガリに夏痩せすることのないサトです。
 年々の夏の体感といったらなんでしょうか、暑いというか熱いですね。雨も「夕立ちして少し涼しくなったねぇ」とかいうレベルではなく、極地的に豪雨になったり、もう違う国みたい。時代の流れとともに、温暖化を招いたのは人間なのですが。
 時代といえば最近「〇〇世代」ということをよく耳にします。これがわかるようでわからない、知らない世代もいっぱいあって、ややこしい。昔は「今の若い世代は」なんて言葉だけでわかりやすかったのですが、いまでは団塊・バブル・新人類と呼ばれたり。氷河期にゆとりにさとり、一番最近ではZ世代。Z世代ってなんやねんです。生まれた時からITが普及していた世代らしいので、だいたい20代~40歳くらいですかね。ミレニアル世代とも呼ぶらしい。それに、就職氷河期世代のことをロスジェネ世代とも呼ぶらしく、もう何が何だかわかりません。
 なぜこんなことを思ったかとういと、こないだダウンタウンが司会をしていた番組で昭和と今の違いみたいなことを、紹介していたんですよ。用事をしながらチラチラ見ていただけなのですが、「そやった、そやった」とか思うことがあって。おもしろかったです。携帯電話がなかったので、待ち合わせでは駅の伝言板が活躍したとか。健康器具の「スタイリースタイリー♪」とか。今考えたら、あのボンボンベッドみたいな器具でほんまに効果あったのか微妙ですね。

私自身はというと、「バブル」のど真ん中の世代で、周りは海外旅行やブランドの服やバッグ、ワンレン・ボディコンの人がいっぱいでした。でも私はその恩恵は受けず、バブルの外から眺めていた感じだなー。

終わりの始まり

 皆様、夏の終りといえば何でしょうか。
蝉の鳴き声がヒグラシに変わり、空が高く見え始める、虫の声を聞くようになる、朝晩が妙に涼しい…夏も終わりということでしょうか。
 昔8月31日といえば、夏休みの終わり。いきなりの「あぁ、明日から学校かぁ…」と天国から地獄、落胆もしたものです。今はそんな感覚もなく、ただ漫然と季節が過ぎていきます。そんな中でも季節の移り変わりは感じるもので、「これから夏も終わって秋になるなぁ…」そんなことも感じる訳で。
 そう感じ始めるのは、「五山の送り火」でしょうか。なんと言ってもお盆終わりの行事。まだ暑い時期ですが、なんとなく夏終わりの雰囲気がが漂います。おそらくコレが夏の終わりの始まりかと。しばらくして甲子園大会も決勝戦を迎えます。そうなるとカレンダーもどんどん進み「9」の数字が見え隠れ。夏の終わりが近づきます。まだ世間は暑いので、気持ちの上では秋への抵抗感が続きます。かと言っているうちに「秋分」を迎えさすがにTHE ENDです。
ということで、終わりの始まりは「8月16日」終わりの終わりは「秋分」ということになりました。(私調べ…)
 今年は夏休みがありました。と言っても新型コロナでの自宅療養です。微熱があり、発熱外来で検査してもらうと「陽性」の判定。(妖精なら良かったのですが)その日の新規感染者数千人の一人に数えられてしまいました。で、10日間の軟禁命令です。ちょうどお盆の時期でしたが何もできずです。外にも出れず、何する気も起こらず、ただただじっと影を潜める、そんな毎日が続きます。ワクチンのおかげか、初日の熱以外に幸い症状もなく見た目は健康体です。記憶に留まらない夏休みでした。

 先月手に入れた祇園祭りの粽も、御札も回くぐって侵入してきた、ご利益なし!っといいますか、持って入ったのは本人なので当たるのはお門違いですね。

2022年8月1日月曜日

神様仏様

 例年になくとっとと梅雨が開けたと思いきや、なんだか例年通りの空模様。まったくけったいな気候状況です。今日、7月19日も未明から雨が激しく、大雨による緊急速報が鳴りっぱなしです。相変わらず発表の単位は「学区」での報告ですが…(ココは何学区?)
 今年は3年ぶりに祇園祭の山鉾巡行が行われ、これで疫病退散!とコロナにも退散願いたいです。そこで家にも疫病退散を持ち帰るべく「粽(ちまき)」を購入しに宵山へ出向きました。各鉾町で授与されているので全部買うわけにもいかず、迷ったあげく「四条傘鉾」のものを購入。
 粽の多くには「蘇民将来子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)」と書かれています。さて、何の呪文でしょう。調べてみると、

 八坂神社さんの主祭神である牛頭天王に由来します。(牛頭天王は、天照大御神の弟、素戔嗚命・スサノヲノミコトのこと)
 昔、蘇民将来という男の家に、旅人に身をやつした牛頭天王が訪ねてきて、一夜の宿を求めました。蘇民は貧乏でしたが、それでも手厚くもてなします。牛頭天王はその心遣いに大変喜んで、そのお礼に「今後お前の子孫は末代まで私が護ってやろう。目印に腰に茅の輪をつけていなさい」言い残して去っていきました。そのお陰で後に疫病が流行った際も、蘇民の一族は 生き残り繁栄した…(というお話があります。その茅の輪が今の粽にあたります。
 それにあやかって蘇民さんの子孫でも多分ないのですが、それを玄関先に掲げ、守ってもらおうといことです。粽を掲げておくだけで、神様に守ってもらえるって、なんて良いシステム!
その他に玄関には「三元大師(延暦寺の僧侶)」の護符も貼っています。これも疫病除けの御札です。(どんだけ神仏だよりやねんって)
おかげでコロナ感染はせず元気なわけでありますが…

母親のクラブ活動

 梅雨明けしてからの方がジメジメと雨続き、どないなっとんねん。これを書いているのが、祇園さんの宵山の日。3年ぶりの祇園祭。人混みは苦手なので、もう何十年も祇園祭にはでかけませんが、久しぶりに鉾立の様子をみたり、祇園囃子をきいたりすると、京都の夏を感じますね。
 先日、我が母がそれこそ何十年ぶりかに山鉾を見てきたそうです。デイサービスのお出かけで、車から見たとのこと。母は週2回デイサービスに通っています。家の前まで送迎してもらえますが、2本の杖で歩き、階段を昇り降りし出かけるのはなかなか骨折りで、本人は週2日の仕事として頑張っている様子。このデイのおかげで私も季節を感じることができています。
 1月の注連縄飾りに始まり、鬼の面やお雛様の小さい人形、5月は長岡天神のつつじ、7月は祇園祭見学ドライブ。
 それにもう毎月、いや毎週何かを製作して持って帰ってきます。手芸作品や、塗り絵。またお花クラブがあって(クラブ活動、学生かい!)、近所の生花卸のお花を仕入れてアレンジメント。きれいなお花が毎月おうちにある状態。
家は作品がいっぱいでさながら個展。簡単にできて且つ材料も特別なものでなく、ほんとに職員さんがいろいろ工夫されているのがわかります。

 その中で私の一番のお気に入りは、端切れ布で作った蛙。蛙の人型(あ、蛙型か)の中には細かいビーズみたいなものが少しだけ入っていて、目が二つ付いているだけの小さなマスコットですが、おそろいの布で作ったかごの中に入れると、だっらーんとした腑抜けた感じでクスっと和むんです。手や足をかごから出すと疲れたおっさんが湯船に浸かっているようで、なんともシュールな感じ。
 さて、今度はどんな作品かな、楽しみです!

2022年7月1日金曜日

歴の上では…

 このコラムを書いているのは6月21日、この日は「夏至」です。昼間の時間が年中で一番長い日ですね。この夏至は1年を24等分した「二十四節気」の一つの節目です。(夏至、冬至、春分、秋分は、小学生の頃習った記憶があります)

立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨
立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑
立秋・処暑・白露・秋分・寒露・霜降
立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒

の二十四です。
 1年の始まりはお正月「元旦」ですが、二十四節気では立春が始まりです。その昔は元旦と立春を年の初めとしてそれぞれ祝っていたようですが、今では元旦だけですね。中国などアジア諸国は旧正月(立春の頃)を祝っていますよね。
 立春の前の日は「節分」です。昔は季節の節目の、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれの前に節分がありましたが、立春から数えて大晦日にあたる今の節分だけが残ったのでしょう。
暦の上ではもう春とか秋とか、ちっともぬくないし、涼しくない。何やねん!暦の上って!と長年思ってましたが、立春は冬も終わり日毎にぬくくなっていく時期です。立秋も同じ。歴のことを言っているので、そんなトンチンカンなこと言わんでも、ってことでしたね。
 暑中見舞いや寒中見舞いも、この節気が節目ですね。そうやって見ていくと、彼岸や土用など様々な行事がこの節気によって決められていたりします。〽夏も近づく八十八夜…って言うのもそうですね。

 年間のカレンダーは1月、2月…だけではありませんね。この月も1月は「睦月」、2月は「如月」…「師走」まで「和風月名」と呼ばれる月名で旧暦では呼んでいました。きれいな呼び名ですので、普通に使えばいいと思うのですが、英語でもFirst Monthとかはいわず、Januaryとかいいますものね。(それは別々のもんか…)

いっしや〜きぃ〜も〜

 梅雨ですね。蒸し暑かったり肌寒かったりで、体調管理かむずかしいです。アイスが食べたくなったり、温かいスープが飲みたくなったり。やっぱり食べ物の話になります。
 ということで、またまたマイブームの食べ物を紹介しますね。それは、今も昔も変わらないおいしさ、そしてお米がないときのエネルギー源でもあった究極のおやつ「焼き芋」です。
 長いふりになりましたが、焼き芋はほんとに時代を超えて変わらない、すたらないおやつです。今ではいろんなスーパーで売られています。そうなんです、あの軽トラの「い~しや~~きいも~♪イモ」でなくても買えるんですよね。それも一年中。
 スーパーの入り口付近に熱くした石が敷き詰められた入れ物があって、そこにお芋さんが並べてあるので、冷めないのです。それにおいもさんの種類も昔とは違って、あまーい品種が日替わりで並んでいたりします。「はるかに甘い・紅はるか」や「絹のような舌ざわり・シルクスイート」など。もっといろいろな種類がたくさんあります。
 それを買って帰り、そのまま食べてもよし。冷やして食べてもよし、もちろん温め直して食べたり。調理しなくても、一つのおいもさんで、三つの味が楽しめます。紅はるかもシルクスイートも、ほんっとに甘いです。ねっとり系で、そんなにのどにもつまらないです。食物繊維も豊富なおいもさんですがひとつだけ難点が。

 そうです「おなら」ですね。こればっかりはどうしようもないのですが、専門家の情報では、サツマイモを消化したガスは、臭くないそうです。プラスさつまいもの皮に含まれる成分が便秘に良いんですって。おならを恐れず、「万能食材さつまいも」をこれからも食べるとしようっと!

2022年6月1日水曜日

不味い思い出

 小学校や中学校の思い出は?と尋ねられたら、何を思い出すでしょうか。なんと言っても一番は「給食」でしょうか。私の地域では中学校では給食がなかったので、小学校だけだったのですが、小学校を卒業したときには「ほっ!と」しました。なんせ給食が終わるのですから。
キョウビの給食からは考えられないでしょうが、とにかくまずかったです。あれは「エサ」以外の何物でもなかったですね。(大げさ?)うどんに鶏肉、シチュー…今では大好物ですが、給食のおかげで大嫌いになりました。
 あの頃は各学校に給食室があり、4時間目も終わる頃になると「ぷ〜ん」と怪しげなか香りが漂ってきます。配膳されるものは、硬い耳のパンと牛乳をメインにおかずとデザート。冷凍みかんはまだ食えたものの、あとはあまり…(1年生の最初の頃は脱脂粉乳だった記憶があります。)
 カレーやシチューみたいな物は油が浮いた汁物だったし、うどんは延びていてまずいし、かしわに至っては、あの頃のブロイラーの質の悪さのお陰で食えたものではなかったです。でも、残すことも許されず、鼻を摘み死ぬ気になって食べたものです。
 小学校を卒業して開放された気持ちをわかっていただけたでしょうか。
 最近のTVドラマで「おいしい給食」というコメディードラマがありました。給食を愛してやまない教師と給食が大好きな生徒が、食べ方を張り合うバカらしくコミカルなドラマでした。そこに登場する給食はどれもこれも旨そうなものばかり。あぁ、羨ましい。

 先日この映画版を見てきたのですが、入場者全員に「ミルメーク」なる牛乳に溶かすと味が大変身するという魔法の粉が配給されていました。正に物語の中で登場する代物です。試してみるとそれほど甘くもなく、牛乳のクセもなくなり、正に魔法!「こんなものが当時あったら!」と思うのでありました。