2017年9月1日金曜日

不思議な五山の送り火

 八月も終わりました、と同時に世間の夏休みも終わり。今年の夏はどんな思い出ができましたか?
 京都の八月といえば、五山の送り火ですね。五山の送り火が終わると「もうすぐ夏も終わり…」と寂しい思いがします。気分的には九月いっぱいはまだまだ夏の気でいますが。やはり、この寂しさは子供の頃の刷り込み「夏休み」に起因しているのでしょう。
話し変わって、五山の送り火、これは起源がよくわからないらしいですね。平安期に空海が始めたという説から、室町、江戸時代など諸説あるようです。その中でも有力なのが、室町時代に足利義政が始めたという説です。それぞれの山にも諸説あって時代も様々なようです。
 今では五山ですが、以前は十山もあったようで、明治から昭和初期頃までの間に徐々になくなっていったようです。見たかったですね。後の五山は「い」「一」「竹の先に鈴(イラストの感じ)」「蛇」「長刀」だったそうです。「い」は市原、「一」は鳴滝、「蛇」は北嵯峨、「長刀」は高雄、「竹の先に鈴」は西山にあったと言われています。近代まで行われていたわりには、どうも場所が曖昧なのが不思議ですね。
山肌にあんな大きな字が書いてあるだけでも不思議なのに、その上、火を炊くというのですから、ものすごい儀式ですね。 松ヶ崎の「妙法」は横書きでそう読めますが、作られたのが現代でないのですから、右から読むと「法妙」になってしまいます。大黒天さんのページを見ると、「妙」が先に作られたとあります。
 送り火は謎だらけです。
 昨年の送り火は、点火直後に大雨が降ってきて、すぐに消えてしまいましたが、今年は無事に終えることができたようです。ご精霊さんにもまた来年です。

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